Living with the paths I didn’t take.
人生の大きな分岐点に立つとき、私たちはいつも「一つ」しか選べない。
分岐点じゃなくても、日頃の小さな出来事も何かを選択しながら生きている。
海外に行く道を選べば、日本での安定したキャリアをあきらめることになる。
ワーホリという自由を選べば、子供と過ごす家庭から遠ざかることになる。
そうして選ばなかった選択肢たちは、消えてなくなるわけじゃない。
時々、ふとした瞬間に現れて、もし違う道を選んでいたらって意味もなく考えてしまう。
それはきっと執着というものなんだと思う。
執着はコントロールできない
– Some things are just beyond our control –
きっと執着があるということは、それだけ「選ばなかった方の人生」も真剣に掴みたかった証拠だ。
日本での仕事も、周りの期待に応える自分も、全部私の大切な一部だった。
だから、大事にしてたその気持ちを大事にしていいんだと思う。
その重みを知っているからこそ、今、自分の足で地面を蹴って進むこの感覚が、より大切に、より自分らしく感じられる。
すべてを割り切ってすっきり進める人なんて、きっと少ない。
みんな、選ばなかったものへの未練や、小さな後悔を頭と心の隅に忍ばせて、それでも「今」を歩いている。
不完全なままで、歩き出す
– Moving forward, beautifully broken –
-あの時こうしていたら、あの時別の道を選んでいたら-
- なんでこうなった?わたし何してるんだろう -
これからもきっと増えていく。
ふと頭をよぎり続けるんだと思う。
涙が止まらなかったり、眠れない日もあるかもしれない。
でも、きっとそれでいい。
執着を完全に捨て去ることよりも、それを抱えたまま「えいやっ」とまた一歩踏み出す。
頑張れ。そして、そんな一歩を褒めよう。
